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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)5835号 判決

原告 株式会社扶桑

被告 国

主文

被告は原告に対し金十一万七千三百三十円及びこれに対する昭和二十八年九月二十六日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告において金三万五千円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金二十八万円及びこれに対する昭和二十八年二月二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は昭和二十八年二月二日訴外株式会社鎌倉衛生舎(以下鎌倉衛生舎と略称する)に対しその所有の自動車トヨダ四十一年式普貨型(登録番号一-三八二八)一台及びフアーゴー三十八年式普貨型(登録番号一-三八一六)一台につき第一順位の抵当権設定登録があり次第金二十八万円を弁済期同年三月三日、遅延賠償額日歩三十銭の約で貸付けることとし次で鎌倉衛生舎から右自動車二台につき右貸金を担保する趣旨の抵当権の設定登録済なる記載竝びにこれにつき神奈川県知事の捺印がある登録申請書副本(以下仮に登録済証と称する)の交付を受けたので右登録が完了したものと信じ鎌倉衛生舎に対し金二十八万円を貸付けた。しかるに、実際には右抵当権の設定登録は完了しなかつたので鎌倉衛生舎の唯一の財産たる右自動車二台は後日これにつき抵当権の設定登録を受けた訴外横浜新光商事株式会社の申立により任意競売に付されしかも原告は全然配当を受け得ない結果を生じた。従つて右貸金二十八万円は無資力者に貸付けたも同然であつて貸付と同時に全額原告の損害に帰した。右は、神奈川県陸軍事務所勤務の国家公務員たる自動車登録官蒲福七、同高木清次の両名がその職務の執行上鎌倉衛生舎の社員と共謀し、原告から金銭を詐取せんと企て原告のためになすべき前記抵当権設定登録を登録原薄に記載しないのに不法にも前記登録済証を発行し、これを以て原告をして右登録が完了したものと誤信させたことに基くものである。仮に、かような故意がなかつたとしても、抵当権設定の登録申請を受理しただけでいまだその登録もしないのにこれが登録済証を発行したのは明らかに前記自動車登録官の過失である。しかして登録済証の発行があつた以上通常人がこれによつて登録が完了したものと信じるのは当然であるから右過失と原告の前記損害との間には相当因果関係がある。従つていずれにしても被告国は原告に対し右損害を賠償すべき義務がある。よつて、被告に対し本件不法行為による損害金二十八万円及びこれに対する損害発生の日たる昭和二十八年二月二日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。仮に前記損害の額竝びにこれが発生の時期に関する原告の前記主張に理由がないとしても本件自動車二台は、昭和二十八年二月二十八日登録済の抵当権者たる訴外横浜新光商事株式会社の申立により前記のように任意競売に付され同年九月二十六日合計金十三万円で競落され右競売代金の内金十一万七千三百三十円が抵当権者に配当された。従つて原告が貸付当時右自動車二台につき第一順位の抵当権設定の登録を経由していたとすれば少くとも右配当金額の限度において債権の満足を得べき筈であつた。しかるに本件不法行為によりその利益を喪い同額の損害を蒙つた。しかして右損害は右競落時に確定的に発生した。よつて被告は原告に対し右損害金十一万七千三百三十円及びこれに対する損害発生の日たる昭和二十八年九月二十六日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務を免れ得るものではないと陳述し被告主張事実中被告の過失相殺の主張を否認し、いやしくも登録済証の交付があればこれによつて該登録が完了したものと信ずるのが一般であり従つて、他に右登録の存否を確認する措置を講じなかつたからとて過失があるとは謂い得ないなお、原告が本件貸金につき被告に主張の金額を回収したことは否認すると述べた。

被告指定代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として原告主張事実中、蒲福七、高木清次が神奈川県陸運事務所に勤務し自動車登録に関する事務を担当し蒲福七が自動車登録官であること、右両名が原告のためになすべき原告主張の抵当権設定登録申請を受理し、いまだこれを登録原簿に記載しないのに原告主張の登録済証を発付したこと、原告主張の自動車二台につき横浜新光商事株式会社が抵当権の設定を受けてその登録を経由しこれに基き、競売の申立をなしたこと、その結果昭和二十八年九月二十六日右自動車が合計金十三万円で競落された右競売代金の内金十一万七千三百三十円が債権者に配当されたことは認める。原告が鎌倉衛生舎に対し原告主張の約定で金二十八万円を貸付けたこと竝びにその経緯に関する事実は不知、高木清次は神奈川県陸運事務所の自動車登録に関する事務担当官であるが自動車登録官ではない。なお、蒲登録官、高木事務官とも地方事務官である。蒲登録官及び高木事務官に原告主張のような故意、過失があつたことは争う。すなわち、本件抵当権設定登録の申請は昭和二十八年二月二日午後二時過原告及び鎌倉衛生舎双方の代理人たる栗木一郎によつてなされたものであるが蒲登録官及び高木事務官は、当日は事務が輻輳していたため、右申請にもとづき登録原簿に記載することができず翌同月三日早朝これをなさんとしていた際原告の申請代理人をも兼ねていた栗木一郎が出頭し、原告から右抵当権によつて担保さるべき貸付がなかつたことを理由にこれがあるまで一時登録の保留方を申出でたので原告も承知のことを信じ栗木一郎をして直ちに前日発付の本件登録済証を返還すべく契約せしめたうえ暫定的に登録を保留した。しかるに栗木一郎が約旨に反し登録済証を返還しないので、再三にわたり鎌倉衛生舎に対し登録済証の返還を要求し且つは、保留中の登録申請の措置につき意向を訊す等して解決に腐心中同月二十八日前記栗木一郎竝びに原告会社社員と称する伊原秀夫が出頭し、新らたに訴外横浜新光商事株式会社のため本件自動車につき抵当権設定の登録を申請するとともに原告から鎌倉衛生舎に対する貸付は結局行われなかつた事実を証明し、且つ、本件登録済証の返還を重ねて契約したので、原告の登録申請は事実上取下げられたものと判断し新規の登録申請を受理してその登録をなした。しかして、その後も本件登録済証の回収に努力したが全く徒労に終つた次第である。従つて蒲登録官及び高木事務官に故意がなかつたのは勿論、栗木一郎の言うところを信じるにつき相当の理由があつたのであるからこれに基いて事務を処理したことにはなんらの過失の咎むべきものはないのみならず、登録済証の発行による損害発生の防止につき相当の注意をなしているのである。仮に過失があつたとしても、原告主張の損害発生の事実は争う。仮に原告がその主張のような貸付により損害を蒙つたとしても該損害は、本件自動車二台につき第一順位の抵当権設定登録がなされなかつたため、右自動車の有する担保価値により、右貸金債権の優先弁済を受け得なかつた額に止まるべきであつて右貸金債権の全額を以て損害とみるべきではない。換言すれば右損害は右自動車の担保価値と同額たるべきである。しかして右自動車は競売に付された結果合計金十三万円で競落されたから、原告の損害は金十三万円を出づべきものではない。ところが原告は鎌倉衛生舎から昭和二十八年二月二日貸付と同時に金四万四千五百円、同年三月中金三万七千八百円、同年五月中金一万円及び金三万円、同年七月中金五万円の各支払を受けた外同年中鎌倉衛生舎の電話加入権を金九万円で売却してその代金を取得したから前記損害金十三万円を完全に回復している。次に蒲登録官等の過失と原告の蒙つた損失との間に相当因果関係が存在することは争う。すなわち自動車登録における登録済証は不動産登記における権利証と異り、自動車に関する権利の登録をすれば、登録官において必ず発行すべき義務があるものではなく又権利移転等の登録の申請に必要な書類でもない。ただ登録官が登録申請を適式なものとして受理したことを示す意味で申請人の要求に応じて発行するに止まるものである。従つて登録済証が存在するだけは実質上これに相応する権利の変動があつたものと判断し得る性質のものではない。されば原告が道路運送車両法第二十二条第二項の規定に従い登録原簿謄本の交付を受け、又は登録原簿を閲覧する方法により登録を確認しなかつた以上仮にその主張のような損害を蒙つたとしても、右損害と登録済証発行上の過失との間には相当の因果関係はない。仮に、以上の主張に理由がなく結局原告の損害につき被告に賠償責任があるとしても、本件損害の発生には原告の過失も競合している。すなわち、取引界の実情においては不動産取引においてすら必ず登記簿を閲覧し、又は登記簿謄本の交付を受けて登記を確認し、しかる後取引をなすのを通常とし、まして自動車と担保として行われる金融取引においてはなんら公示力のない登録済証を信用して取引するようなことはまことに稀である。しかるに金融を業とする原告が登録原簿を閲覧する等のことなく漫然登録済証のみによつて貸付を行つたのは不注意の譏を免れない。従つて損害賠償額の算定にあたつてよろしく過失相殺をなすべきであると抗争した。

(証拠関係)〈省略〉

理由

蒲福七及び高木清次が神奈川県陸運事務所に勤務し自動車登録に関する事務を担当する者であり蒲福七が自動車登録官であることは当事者間に争がなく証人蒲福七、同高木清次の各証言によれば蒲福七及び高木清次はいずれも運輸省事務官であることが認められる。しかして、右担当の事務が道路運送車両法に基き国が行うべき公証事務であることは明らかであるから右両名は国の公権力の行使に当る公務員であると謂わなければならない。

しかるところ蒲登録官及び高木事務官が昭和二十八年二月二日鎌倉衛生舎所有の自動車トヨダ四十一年式普貨型(登録番号一-三八二八)一台及びフアーゴー三十八年式普貨型(登録番号一-三八一六)一台につき、原告の鎌倉衛生舎に対する貸金二十八万円、弁済期同年三月三日、遅延賠償額日歩三十銭の債権を担保する第一順位の抵当権設定登録の申請を受理し、いまだこれを登録原簿に記載しないのに原告主張の前掲登録済証を発付したこと、しかるに横浜新光商事株式会社が同月二十八日右自動車二台につき抵当権の設定を受けてその登録を経由し、右抵当権実行の申立をなしたこと、その結果同年九月二十六日右自動車が合計金十三万円で競落され右売得金の内金十一万七千三百三十円が抵当債権者に配当されたことは当事者間に争がなく、右認定事実に成立に争のない甲第三号証の一、乙第七号証、証人栗木一郎の証言及び原告代表者本人尋問の結果竝びにこれにより真正に成立したものと認める甲第二号証の二を併せ考えれば、原告は昭和二十八年二月二日鎌倉衛生舎に対し前記自動車につき第一順位の抵当権設定登録があり次第金二十八万円を遅延賠償額日歩三十銭の約で貸付けることとしたが右同日中右抵当権設定に関する前記登録済証が持参されたので、右抵当権の設定登録がなされたものと信じ、右登録済証と引換に鎌倉衛生舎に対しその使者たる伊原秀夫を通じ金二十八万円を弁済期同年三月三日の約で貸付けたこと、しかるに右登録は実際に完了していなかつたので右自動車については前記のように横浜新光商事株式会社のために第一順位の抵当権が設定登録され右抵当権の実行により抵当債権者に全額配当がなされた結果原告は前記貸金債権につき、右自動車を以て優先弁済を受けることができなかつたこと、しかして鎌倉衛生舎は他にみるべき財産を有しなかつたので原告は少くとも元金二十八万円については債権の満足を受け得ず全額損失に帰したことが認められる。被告は、原告は右債権につき合計金二十六万二千三百円を回収した旨主張し証人栗木一郎の証言中には原告が合計金二十三万円余の回収を得た旨の供述があるが右供述は回収の日時、金額が曖味でにわかに措信し難いのみならず原告代表者本人尋問の結果によれば原告が回収した金額はすべて利息に充当されたことが認められるから原告が一部返済を受けた事実を以てしては前記認定を覆すに足りないのである。

しかしながら原告は右損害は蒲福七、高木清次が鎌倉衛生舎の社員と共謀し原告から金銭を詐取せんと企て故意に前記登録済証を発行したことに基くものであると主張するが、蒲登録官、高木事務官に原告主張のような故意が存在したことについてはこれを肯認するに足る証拠はない。

そこで右登記済証発行の過失の有無につき考えてみると、成立に争のない乙第五号証、証人栗木一郎、同蒲福七、同高木清次の各証言により成立が認められる乙第二乃至第四号証、同第六号証竝びに右証言を綜合すれば、蒲登録官及び高木事務官は前記抵当権設定登録の申請を受理した際申請者代理人栗木一郎からその登録済証の交付を要求されたので右申請は当日事務輻輳のため登録原簿に記載することができなかつたがこれを適式として受理した以上当然登録原簿に記入して処理することになるところからこれが記入を完了しない中に右登録済証を交付したものであること、ところがその翌日たる昭和二十八年二月三日早朝原告の申請代理人をも兼ねていた栗木一郎が原告から右抵当権によつて担保さるべき貸付がなかつたことを理由にこれがあるまで一時登録の保留方を申出たので原告も承知のことと信じ栗木一郎をして直ちに前日発付の本件登録証を返還すべく誓約せしめたうえ暫定的に登録を保留したこと、しかるに栗木一郎は約旨に反して登録済証を返還しないので数回に亘り、鎌倉衛生舎に対し登録済証の返還を求め且つは保留中の登録申請の措置につき意向を訊す等その解決に腐心中同月二十八日栗木一郎及び原告会社の社員と称する伊原秀夫が出頭し、改めて横浜新光商事株式会社のために前記自動車につき抵当権設定登録の申請をなすとともに原告から鎌倉衛生舎に対する貸付は結局行われなかつた事実を証明し、且つ登録済証の返還を重ねて誓約したので原告に対し直接問合せる等確実な調査をなすこともなくしてたやすく原告の登録申請は事実上取下げられたものと判断し、横浜新光商事株式会社のためになされた新規の登録申請を受理してその登録をなしたこと、ところが実は伊原秀夫が本件登録済証発付当日鎌倉衛生舎の使者となり右登録済証と引換えに原告から前記貸付を受けてこれを着服しながら栗木一郎竝びに鎌倉衛生舎に対しては右貸付がなかつた旨の報告をなし更には前記陸運事務所に出頭して同様趣旨の証明をなし栗木一郎等を始め蒲登録官、高木事務官をその旨欺罔したものであることが認められる。しかして右認定の事実に基き考察を加えると本件登録済証は、自動車につき抵当権設定登録の事実を公証する趣旨の文書であると解され、従つてこれが発付の事務を合む自動車登録に関する事務を担当する者はその発付をなすときは抵当権の設定登録があつた事実すなわち抵当権が対抗力を具えた事実を信頼しこれに基いて取引をなす者があることに鑑み正確に誤りのないことを期して事務を処理すべき注意義務があるものであつてその当然の結果として登録申請を受理してもその登録が完了しない中に登録済証を発付するような処理は本来許さるべきものでない。もつとも登録の申請が適式で手続的にはその受付順位に従つて当然登録原簿に記入さるべきものであつて唯事務輻輳その他特別の事由があるためその登載に時日を要するときは原簿記入の処理を事実上後日に委ね予め登録済証を発付することも適宜の処理方法として変則ではあるがあながち咎むべきものではないであらう。しかしながらかような処理方法は申請に従つて登録が完了すべきことを前提とするものであるから、登録済証交付後遅滞なく原簿記入の処理をなすとともに未だこれが完了しない中においても濫りに登録申請の取下乃至保留を許すようなことはこれを避けるべきである。すなわち登録申請の取下乃至保留の申出があつた場合においては登録申請の代理人には、特段の事情がない限り、当該申請の取下乃至保留の申出につき代理権があるものではないことに留意し該申出が真実登録権利者の申出であるか否かにつき慎重な調査をなし、且つ既に発付した登録済証を回収すべくもしその回収が困難なときは一旦登録を完了し申請を俟つて抹消登録の方法で処理すべきである。しかるに蒲登録官及び高木事務官が本件登録申請を登録原簿に記入しない中に本件登録済証を発付したことは申請当日事務輻輳のためやむを得ない処置であつたものと認められるけれどもかような変則的な処置をなした事後の処理については明らかに非難すべきものがある。具体的に謂えば本件登録につき双方の代理人であつた栗木一郎から登録保留の申出があるやなんら格別の調査もなさずして漫然同人の言を信用し登録済証の返還を約せしめただけでこれに応じあまつさえその後あらためて債権者を異にする別個の抵当権設定登録申請がなされると原告の社員であると自称するのみでその資格につき確実な証明もない伊原秀夫の言を信用した余り原告に直接問合わせる等慎重な調査を怠りながら原告の登録申請が事実上取下げられたものと妄断し現実に登録済証の返還も受けずに申請取下の処理をなし新規の抵当権設定登録申請を受理してその登録をなしたものであつて前説示に照し登録済証の発付を含む自動車の登録に関する事務を担当する者として当然用うべき注意義務を怠つて過失があるものと謂わなければならない。被告は蒲登録官、高木事務官は栗木一郎の言うところを信じるにつき相当の理由を有し又は登録済証の発付による損害発生の防止につき相当の注意をなしたから過失はない旨を主張し、なるほど蒲登録官等が栗木一郎から聞いたところには一応もつともらしい節が存したであらうし、又右登録官等が登録済証の回収に腐心したことは前記証拠上も否定し得ないところであるが、かような事実が存在するだけではいまだ前記過失の認定を妨げ得るものではない。しかして、通常人が登録済証により登録が完了したものと信じるのは当然であるから、原告の損害発生と蒲登録官高木事務官の過失との間には相当因果関係のあること明らかである。被告は自動車登録における登録済証は不動産登記における権利証と異り自動車に関する権利の登録をすれば登録官において必らず発付すべき義務があるものではなく、又権利移転等の登録申請に必要な書類でもない。唯登録官が登録申請を適式なものとして受理したことを示す意味で申請人の要求により発行するに止まるものであつて登録済証が存在するだけではこれに相応する権利の変動があつたものと判断し得るものではない。従つて道路運送車両法第二十二条第二項の規定に従い登録の確認をしなかつた以上原告の損害と登録済証発行上の過失との間には相当因果関係はない旨を主張し、なるほど登録済証が不動産登記法における権利証と法律上の取扱に差異があることは所論のとおりであるが登録済証はその記載の文言からみても国家機関が自動車の権利に関する登録がなされたことを証明する趣旨で発行する文書であると解する外はないのであつてこれを以つて被告所論のような文書と解することはできない。従つて登録済証により自動車の権利に関する登録がなされたことを確認した以上被告主張のような確認方法を採らなかつたからとて前記損害発生と過失との間の相当因果関係を否定する根拠となし難い。

そうだとすれば原告は被告国の公権力の行使に当る公務員たる蒲登録官及び高木事務官の過失により違法に損害を蒙つたものであるから被告国は右損害を賠償すべき義務があるものと謂わなければならない。

そこで損害賠償額の範囲につき判断すると原告は鎌倉衛生舎に対する金二十八万円の貸付と同時に該貸付金額がすべて原告の損害に帰したとなしこれが賠償を求めるけれども右損害は抵当権設定登録をなさずして登録済証を発行し且つその後の措置を過つた本件不法行為により通常生ずべき損害ではなく原告が本件自動車に抵当権の設定を受けて金銭を貸付けたところ債務者が無資力であつたと謂う特別の事情が加わつたために生じた損害であると考えるのが相当であるからかような特別の事情をすべて予見し又は予見し得べかりしものであつたのでない限り被告に右損害金額の賠償を命じるのは当を得ない。しかしながら原告が本件自動車につき第一順位の抵当権の設定を受け本件登録済証によりその登録がなされたものと信じて貸付をなしたところ実際には登録がなかつたため右抵当権を以て第三者に対抗し得ずその結果右自動車を以て優先弁済を受け得なくなるに至るべき事情は本件不法行為当時蒲登録官等が相当の注意を用うれば当然予見し得べきものであつたと認むべく従つて右事情に基く損害すなわち右自動車を以て優先弁済を受け得べき利益の喪失による損害については被告にこれが賠償義務があるものと考える。ところが本件自動車が抵当権実行の結果昭和二十八年九月二十六日(当時原告の債権は弁済期が到来していた)合計金十三万円で競落され右売得金の内金十一万七千三百三十円が抵当債権者に配当されたことは前記認定のとおりであるから、原告は右同日右配当金額の限度において右自動車の換価による優先弁済の利益を確定的に喪失し同額の損害を蒙つたものと認めなければならない。してみると結局被告に対し賠償を命じ得る損害額の範囲は右配当金相当額たる金十一万七千三百三十円たるべきである。

次に被告は過失相殺の主張をなすが原告が仮に本件抵当権設定登録の存否につき、被告主張のように登録原簿を閲覧し又は謄本の交付を受けることをしなかつたとしてもこれを以て原告に過失があるとは謂い得ないから被告の過失相殺の主張は理由がない。

果してそうだとすれば原告の本訴請求は被告に対し本件不法行為による損害金十一万七千三百三十円及びこれに対する損害発生時たる昭和二十八年九月二十六日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余を失当として棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条但書、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎)

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